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アンコール・タイ旅行記7〜地雷を踏んだらサヨウナラ [├ 旅行]

2007年1月19日(金)  

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気がつくとそこは九州上空、綺麗な朝焼けが窓の外に見えます。テイクオフの前に眠りに落ち、5時間近く深い眠りの中でした。機内食を食べ終えると、じきにTG644便は中部国際空港にランディング、この旅も本当に終りです。頭の中でエンドロールが流れる中、静かにこの旅を振り返ります。


     ◇


この旅に出るまで、カンボジアという国についての知識は、アンコール・ワットと地雷の国という漠然としたものでした。そしてこの旅に出たのも、世界遺産が見たいというミーハーな理由と、今の自分には、のどかな雰囲気の場所に行くことが必要だったからです。

そしてそこでは確かに、素晴らしい遺跡を見ることができて、一流ホテルのホスピタリティに触れ、のどかな田園風景に心が和み、子供たちの笑顔に癒されました。しかしそれだけではありませんでした。

アンコール遺跡群のあるものは自然に浸食され崩壊し、またあるものは内戦や異教徒によって破壊されていました。タイのアユタヤ遺跡もまたそうでした。遺跡は風化していくものだと言えばそうなのかもしれません。破壊の跡も歴史の一部で、それも含めて遺跡の魅力と言えばそうなのかもしれません。しかしそれは確かに暗い歴史の遺恨なのです。

そして、カンボジアの人口の70%が30歳以下の若年層で占められているという事実は、ポル・ポト(クメール・ルージュ)による暗い歴史の結果であるし、今でもなお、生活のために観光客相手に商売をしなければならない子供たちが大勢いるという現実も、この国の闇の部分なのでしょう。

アンコール遺跡群という世界にも類を見ない文化遺産を持ちながら、暗い歴史から立ち上がりつつあるこの国は、今後どのように成長していくのか、そのことが今も頭の片隅で気になっています。そしてまたいつか、あの場所を訪れたいと思ったのです。


こうして7日間の旅は終わっていきました。
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タイ旅行記2〜Leave Thailand [├ 旅行]

2007年1月18日(木)

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とうとうこの旅も最終日を迎えました。今日はバンコク市内の王宮エリアを探索します。黄金の仏塔とエメラルド寺院が綺麗な王宮。チャオプラヤ川を渡し船で渡り対岸へ。三島由紀夫の「暁の寺」の舞台となったワット・アルン(暁の寺院)、そして「リクライニング・ブッタ」と呼ばれる光り輝く釈迦仏が横たわるバンコク1大きな境内をもつお寺、ワット・ポーを巡ります。


     ◇


前日に最終日の過ごし方を検討した結果、ガイドをお願いしてバンコク市内を巡ることにしました。バンコクは朝から太陽が容赦なく照りつけます。夜の屋台や人だかりはどこに消えたのか、路地の人通りは少なく、代わりに、けたたましいクラクションと排気ガスに包まれます。

ホテルで朝食を済ませ、まずは王宮へと向かいました。車から降りるともの凄い人だかりにのまれ、ガイドさんの再三にわたる「貴重品は前に抱かえて持ってください」という注意の意味もよく分かります。とにかく観光客と地元民で、もの凄い人なのです。背負っていたリュックをお腹に抱え人混みをかき分けて王宮へと進むと、黄金の仏塔が姿を現しました。まぶしいほどに輝きます。そして綺麗な石でかざられたエメラルド寺院、本堂の黄金の仏を拝みました。


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その後はチャオプラヤ川の対岸にある曉の寺院へ。いくつかの仏塔がそびえ立ちます。中央の塔は、高さ97mの大仏塔で色とりどりの陶器片やガラス片が隙間なく貼り付けられています。曉というだけに朝陽を受けて輝く光景は、さぞかし綺麗なのでしょう。


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そして巨大な寝釈迦が有名なワット・ポーへ。1788年にラーマ1世によって建立されたバンコク最古の寺院です。本堂に入ると、長さ46m、高さ 15mの巨大な寝釈迦像が姿を現しました(写真左)。そのスケールったら圧巻です。言葉を失い見とれてしまいました。しかし気がついたらガイドさんがいません。タイで迷子。出口で待っているとの言葉を信じて、出口で泣きそうになりながらキョロキョロすること20分、「あっ!」いました、いました。人混みの中に僕らを捜しているガイドさんを発見です。


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午後からは再び川を渡り、前日のガイドさんが薦めてくれたおしゃれカフェ「Mango Tango」でマンゴータンゴを頂きます。フレッシュマンゴーに、マンゴープリン、マンゴーアイスにホイップクリームが付いているスイーツです。フレッシュマンゴーはしっかり熟していて本当に絶品。美味しかったです。


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その後はさすがの暑さと今までの疲れて動く気になれず、出発までホテルに戻ってゆっくりすることにしました。カンボジアからずっと一緒だった☆さん親子ともお別れ。ホテルに戻りシャワーを浴びて一眠りしました。日も暮れ、再びあの屋台と人だかりが道ばたを埋め尽くす頃、空港へと向かいました。 23:30、定刻通りに搭乗が始まり自分のシートに座ると、テイクオフの前に夢の中でした。
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タイ旅行記1〜アユタヤクルーズ [├ 旅行]

1月17日(水)

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バンコクの朝は騒がしく、交通渋滞が始まっています。今日は一日アユタヤ遺跡へ。チャオプラヤ川を船でさかのぼります。黄色の水に巨大なナマズが飛び跳ね、水際には水上生活をする人々、3時間半かけてアユタヤに到着です。

バーン・パイン宮殿、日本人町跡、ワット・マハータート、ワット・プラーシーサンペットとアユタヤの遺跡をめぐり、最後に像に乗ってお散歩。バンコクに戻りタイスキに舌鼓をうち、夜の街へ。


     ◇


チャオプラヤ川の黄色は土の色、水際生活をする人々にとっては生活用水となります。洪水の度に家は流され、しかし人々はそこにとどまり生活しています。両岸の景色はバンコクの超高層ビルからのどかな田園風景へと変わっていきます。船内でビュッフェを頂きしばらくするとアユタヤに到着です。


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バーン・パイン宮殿は王の夏の別荘。西洋風の建物や中国風の建物が建ち並びます。真昼のアユタヤは暑く、ゆっくり見て回るには最悪の時間帯。一通り見るとすぐにバスに戻りました。

16世紀〜17世紀、アユタヤに集まった商人、日本でのキリシタンの迫害を逃れた人々が造った日本人町は、朱印船貿易で栄え最大3000人の人々が生活していたのだという。しかしその後、鎖国令により町は消滅し現在ではその面影を見ることはできません。

ワット・ヤイ・チャイ・モンコンはずらりと並ぶ坐仏像と寝仏があります。仏塔は62mあり、ビルマ王子との象上の一騎打ちに勝った記念塔でもあります。


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ワット・マハータートは木の根に取り込まれてしまった仏像の頭部、レンガ積みの仏塔、頭部を落とされた仏像が並び廃墟となっています。

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ワット・プラシー・サンペットはアユタヤ王の守護寺院。3基並んだ塔はアユタヤのシンボル。静かに悠然と並び立っています。


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その後象に乗りアユタヤの街を練り歩きました。アジアゾウは古くから人の使役動物として移動手段や荷物の運搬に使われてきました。アフリカ象に比べ賢く大人しいそうです。のしっ、のしっ、とゆっくり歩く象の背中はなかなか気持ちよく、途中の象のトイレではしっかり小便をし、あっという間の時間でした。


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夕食はバンコクに戻りコカ・レストランでタイスキ。スキといっても実際はすき焼きではなく寄せ鍋です。スープは薄味でそのままでも美味しく頂けます。タイ風のピリ辛のタレにつけてももちろん絶品。最後のおじやまでしっかり頂きました。

夜も深まり、バンコクは魅惑の街へと化します。タイと言ったらニューハーフ。ニューハーフショーを見るためにMAMBOへGo!!(写真右)松田聖子のそっくりさんの赤いスイートピーから始まったショーはニューハーフとは思えない綺麗な踊り子に目を奪われるばかり。最後には一番人気の綺麗な“男” にチップを渡し記念写真を撮ってもらいました。
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店の外に出ると道ばたには屋台が並んでいます。これもバンコク名物。しかしその衛生面を考えるとちょっと食べる気がしません。12時を過ぎるというのに多くの人が道ばたに座り込み、おしゃべりをしたりものを食べたり。そのなかをそそくさとホテルに戻りあっという間に眠りに落ちました。明日は実質最終日、バンコクの市内観光へ出かけます。
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アンコール旅行記4〜シェリムアップからバンコクへ [├ 旅行]

2007年1月16日(火) 
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カンボジア最終日は夕方の飛行機出発までフリー。トゥクトゥクをチャーターし、まだ行っていない小さな遺跡を回ります。プリア・カンやタ・ケウ、バンティアイ・クディ、どれも魅力的な遺跡。観光客も少なく静かな時間が流れ、悠久の歴史を感じさせるのです。あっという間に時は過ぎ、まだまだ数えたらきりがない遺跡たち、しかし出発の時間が迫ってきます。ガイドをしてくれたソーさん、運転手の兄ちゃんに別れを告げ空港内に入ります。

バンコク・エアウェイズ914便、フォッカー70の小さな機体がカンボジア、シェムリアップ国際空港を飛び立ちます。行き先はタイ・バンコク。人口900万の大都会です。


     ◇


今日の朝はトゥクトゥクの交渉から始まります。地球の歩き方によると相場は2人で12$。「How much , half a day?」「12$」「No , 8$.」「 6$ , 6$ , total 12$」「Umm , 5$ , 5$ , total 10$」「OK」そんな感じでつたない英語で交渉成立。行き先を告げてトゥクトゥクでの旅が始まります。砂埃をマスクでガードすれば快適そのもの。風は気持ちいいし景色も楽しめます。

20分位でアンコール・トムの北東にあるプリア・カンに到着。遺跡の中では珍しい、2階建ての建造物があるここは「聖なる剣」の意味を持ちます。ここも他の遺跡同様崩壊が激しく、仏像の顔の多くは破壊されてしまっています。乳海攪拌の欄干はここにもありました。

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次に向かったのはタ・ケウ。ここはアンコール・ワット造営の試金石とされた遺跡で、しかし王の死後放置され未完成のまま残っています。ピラミッド状の寺院、格子窓や彫刻などの装飾の特徴は確かにアンコール・ワットへと受け継がれています。

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そして最後の遺跡はバンティアイ・クディ。アンコール遺跡国際調査団の教育研修の遺跡だそう。小さな遺跡ですが、趣があります。

まだまだ見たい遺跡はたくさんありますが、出発の時間が近づいてきました。ホテルへ戻りチェックアウト、車で空港へと向かいました。PG914便はプロペラ双発機のフォッカー70。定刻通りにカンボジアを飛び立ちました。眼下には一面に田園風景が広がり、この国の自然の豊かさを感じます。しかしここ数年でジャングルは急激に減少し、遺跡も観光地化されリゾート地へと変貌しつつあるシェムリアップ。プリミティブな雰囲気は失わないでほしいと思うのは先進国に住むもののエゴなのでしょうか。


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そんなことを考えているとバンコクに到着です。人口900万を擁するタイ王国の首都は大都会。さっそく名物交通渋滞にのまれホテルまで1時間かかりました。インペリアル・クイーンズ・パークにチェックインすると今までの疲れでバンコクの街に出る元気が出ません。向かいのセブンイレブンでチャーンビールとおつまみを買い部屋で乾杯。ベッドに横になるとじきに眠りに落ちました。

明日はチャオプラヤ川をさかのぼりアユタヤ遺跡へと出かけます。
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アンコール旅行記3〜〜アンコール・ワット [├ 旅行]

2007年1月15日(月) 
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夜明け前、アンコール・ワットの前庭はサンライズを見ようとする人でごった返しています。赤く染まる東の空からやがて日が昇ってきます。古代から幾度となく繰り返されるこの一日の始まりは、優しい光でシェムリアップの街を包み込みます。


     ◇


5:50、夜明け前の街を走り、アンコール・ワットへと向かいました。薄暗い中、環濠をわたる石橋を進み西門をくぐると、すでに多くの人が日の出を待ちわび腰をかけカメラを向けています。待つこと30分、徐々に赤く染まり始めた東の空、中央尖塔の右側からから太陽が昇ってきました。9月〜4月の太陽は中央尖塔の右から、4月〜9月は左から、そして春分の日、秋分の日には尖塔の真後ろからサンライズしてくるのです。その美しさといったらもう、息をのむほどです(写真左)。夢にまで見たアンコール・ワットでの夜明け、言葉も出ません。光に浮かぶ尖塔はカンボジアの象徴、神秘の都が徐々に姿を現していきます。やがて日が完全に昇ると、集まっていた人々も散っていき一日が始まりました。


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その後はいったんホテルに戻り朝食をとりました。クメール料理が続くので、おかゆとみそ汁を頂きました。10:00からはホテルのスパでマッサージを受けました。ハーブのオイルで全身を包まれ至福のひと時を過ごすのです。知らぬうちにうとうと、「Finish」の言葉に名残惜しさを感じつつそのまま昼食に向かいました。アンコールカフェでのランチは、子牛のローストビーフをメインディッシュにシャーベットデザート。そのあとはアフタヌーンティを頂きまったり。

15:00過ぎになると、タ・プロムへと向かいました。驚異のスポアン(榕樹)を目の当たりにすると、その根は遺跡に絡み付く大蛇のように見えます(写真中)。中央祠堂では、胸を叩くと反響して響きます。手を叩いても声を出しても響かないのに、胸を叩いたときだけエコーするのです。ホントに不思議。しかし浸食されつつあるこの遺跡は相当痛んでいます。完全崩壊も時間の問題かもしれません。しかし確かな生命力を感じずにはいられないほど強く印象に残りました。


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その後は再びアンコール・ワットに向かいました。今度は第一回廊のレリーフをガイドのソーさんの案内を聞きながらじっくり眺めます。本当に繊細でどれも興味深いものばかり。「乳海攪拌」はヴィシュヌ神が指揮を執り、大蛇の胴体を綱引きのように引き合う創世神話で、1000年後に海は乳海になりヴィシュヌ神の妻となるラクシュミーが産まれ、最後に不老長寿の妙薬アムリタが得られたというものです。その他にも、「天国と地獄」や「マハーバーラタ」など第一回廊は壮大なレリーフの大ギャラリーです。


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第二回廊を入ると高さ60mを超える中央尖塔が姿を現しました。しかしこれより上部、第三回廊に登るには急勾配の石段を登らなければなりません。足を滑らしたら確実に死にます。しかしここまで来たのだから登らないわけには行きません。勇気を振り絞って、キ○玉がキュンとなるのをこらえて登りました。たどりついたそこからの景色はまさに絶景、ちょうど夕日が沈んでいくのです(写真右)。一日のサンライズとサンセットをアンコール・ワットで見られて本当に素敵な一日。しかし登ったからには降りなければなりません。あらためて下を見ると、本当に高いし階段は急なのです。下り専用の唯一の手すり付きの階段を一歩一歩下りていきました。そして西参道を戻りゆくと、完全に日が沈みアンコール・ワットは再び闇へと消えていきます。


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明日はシェムリアップ最終日。どの遺跡へ行こうか考えていると、じきに眠気が襲ってきました。
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アンコール旅行記2〜プノン・バケンの丘より [├ 旅行]

2007年1月14日(日)
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アンコール遺跡群の町、シェムリアップの朝は早く、しかし緩やかな時間が流れます。いよいよ遺跡巡りの始まりです。

バンテアイ・スレイは「女の砦」の意味を持つヒンドゥー教の寺院でアンコール・ワットの北東に位置します。アンコール・トムは「大きな町」の意味を持つアンコール王朝の都。外壁や回廊には様々な物語を語るようにレリーフが刻まれ、どれも興味深く、時間を忘れて眺めるのです。そしてアンコール遺跡群で一番標高が高いプノン・バケンの丘からアンコール遺跡を一望、そこに沈み行く夕日を眺めると一日の終りです。


     ◇


朝食はホテルレストランで済ませ、8時過ぎに出発。車で1時間ほど揺られると、郊外の遺跡、バンテアイ・スレイに到着しました。比較的小規模なこの遺跡は、赤い砂岩の色が特徴的です。アンコール・ワット以外の遺跡はすべて、東向きに作られており、午前中が日の加減がいいのです。この遺跡のレリーフはどれも精巧で美しく、目を奪われるばかりです。ヒンドゥー教の神々、シヴァ神、ヴィシュヌ神、ブラフマー神だけでなく様々な動物が描かれ、たくさんの物語が詰まっています。そして最も有名な「東洋のモナリザ」と形容されるデヴァターの彫刻をひとしきり眺めました。また、スリット状の窓は連子状窓への過渡期の技術で、美術史的だけでなく、建築史的にも極めて重要な遺跡と言えるそうです。


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昼食は市内のレストランでクメール料理を頂きました。アモックやクーシン菜、焼そばなどはどれも控えめな味付けで日本人の口にもよく合います。しかしカンボジアが語源のカボチャ、カボチャのプリンはいまいちでした。

オールドマーケットはシェムリアップ市民の市場。様々な雑貨や食べ物、観光客向けのお土産品が並んでいます。近くのカフェで休憩しながらそんな市民の生活を眺めているとお土産売りの子供がよってきて、「ワンダラー」といって絵はがきを見せてきます。遺跡の周りにもこういう子供たちはいますが、町中の子はちょっとシャイなのか、控えめなのか、あまりしつこくは言い寄ってきません。


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午後からはアンコール・トムへ向かいました。アンコール・トムは12世紀後半、ジャーヤヴァルマン7世によって造られたという城砦都市遺跡です。市内から車で20分、南大門の前に到着しました。門から堀を結ぶ橋の欄干には乳海攪拌を模したナーガ(蛇神)になっています。またこのナーガを引っ張るアスラ(阿修羅)と神々の像が並んでいます(写真左)。その後、砦の中に入り、宇宙の中心というバイヨン寺院や、象のレリーフが並ぶ象のテラス、パプーオン、ピミアナカス、ライ王のテラスを見て回り、遺跡の壮大さに心を奪われます。


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夕方になると夕日を見るために、プノン・バケンの丘に登りました。像に乗っても登れるこの丘を徒歩で20分、頂上に到着すると、アンコール遺跡群が眼下に広がりました。四方どこを眺めても地平線が見渡せます。その中に浮かぶアンコール・ワット(写真中)は絶景でした。夕日を見るための観光客でごった返しているその頂上から一段降り、古代のテラスに座り込みました。遥か彼方に沈みゆく夕日は、どこで見た夕日よりも雄大で印象深いものになりました。


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夕食は市内のレストランで宮廷舞踊「アプサラの舞い」(写真右)を見ながら頂きました。このアプサラの舞いはアンコール遺跡のレリーフにも登場するもので、クメール文化の華、美しい女性の舞を堪能しました。


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そしてホテルに戻り、一日中歩き回って疲れた足をフットマッサージでいたわります。明日は今旅のハイライトの一つ、アンコール・ワットの夜明けから始まります。5:00起床予定なので、すぐに眠りにつくことにします。
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アンコール旅行記1〜SIEM REAPへ [├ 旅行]

2007年1月13日(土)

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神秘の都、アンコール・ワットへは、タイ・バンコク経由で一日がかりの道のりです。シェムリアップ国際空港に無事ランディングしたエアバス320 を降りると、乾季とはいえ、蒸し暑いカンボジアの空気に包まれます。

ホテルや交通手段の予約手配の煩わしさを逃れるためパック旅行の今旅は、「やっぱりスパが好き・アンコールワットプラスバンコク7日間の旅」です。


     ◇


早朝6:30に自宅を出発し、中部国際空港からタイ国際航空645便でバンコクへと飛びました。飛行機は定刻通りテイクオフ、早速の機内食はフィッシュを選択。タイらしい辛めの味付けはビールによく合います。

現地時間15:00前、昨年9月にOPENしたばかりの新バンコク国際空港にランディング。トランスファーのチェックインカウンターへと向かいました。バンコクエアウェイズのデスクがなかなか見つからず、タイ航空の係員に聞いてみると、柱の向こうに発見、チェックインを済ませます。出発までの1時間半、空港内の“キム ラーメン”で早めの夕食をとりました。トムヤムクンラーメンとタイ風焼きそばをチョイス。シンハビールで乾杯です。合計648バーツ。1Bが約3.3円なので約2000円、空港なのでかなり高いです。


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定刻を15分遅れてPG909便はバンコクを発ちました。バンコク〜シェムリアップ間は約35分のフライト。その間に機内食があり、押し込むように詰め込みました。しかも今日4食目。あっという間に夜のシェムリアップに到着、タラップを降りて空港内へ。あらかじめビザを取得していたのでそのままイミグレーションへ向かいます。保安のため顔写真を撮られましたが、無時カンボジアに入国したのが20:10。バゲッジをとり税関へ。しかし、バゲッジタグの係員も税関の職員もおらず素通りして出口へ向かいました。

出口を出ると、出迎えの人たちが並んでいます。その中からJTBのガイドを見つけました。顔立ちがよく背の高い通称“ソー”さんがカンボジアではずっとガイドをしてくれます。車に乗り込み今夜のホテル、“ル・メリディアン・アンコール”へと向かいました。高級リゾートホテルらしく日本語スタッフもいるので安心。チェックインを済ませ部屋に付いたのが22:00。日本時間では日付が変わっています。本当に丸一日がかりでシェムリアップまで来ました。

明日はアンコール・トム、バンテアイ・スレイ、オールドマーケットそしてプノン・バケンの丘からサンセットを見る予定です。あたたかいシャワーを浴び、23:30には眠りにつきます。
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トルコ旅行記10〜飛光よ! [├ 旅行]

8月29日(土)

飛行機は、アラブの上空を飛行していました。遠く地平線に太陽が落ちていき、やがて夕闇が訪れ、日は沈んでいきました。この飛行機がドバイ国際空港に着陸し、飛行機を乗り換えて、再び飛び立てば、本当この旅も終わりです。

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カッパドキアが見たいからという単純な理由でトルコ行きを決めた。善は急げ!新聞の折り込みで激安ツアーを発見し、すぐに申し込んだのがもう出発の2週間くらい前。それからは、準備に追われ、とりあえず着替えといくらかのお金、カメラだけをスーツケースに詰め込んで出発しました。

古代ローマの街を彷彿させる、エフィスの遺跡、アルテミアス神殿。クレオパトラも訪れたたという、程古い時代のものですが、2000年以上たった今も使われている大劇場に、感動。

パムッカレの石灰棚は神秘的な風景でしたが、温泉湯の量はだんだん少なくなってきており、この景観を守っていけるのだろうか、そうであってほしいと観光客のエゴイズム。

そして東洋と西洋が出会う魅惑の街イスタンブール。文明の十字路の人々の活気。2000km以上をバスで走り抜けました。

ミッドナイト・エクスプレス(深夜特急)とは、トルコで麻薬密売の罪にとらわれた異邦人が、その絶望的な監獄生活から、なんとかして脱走を試みるという実話をもとにした映画で、転じて囚人の間で『脱獄』を意味する隠語となりました。

繰り返される日常生活からの脱獄。その場所で見たものは、カッパドキアやイスタンブールの歴史地区など、類いまれな世界遺産を有しながら、経済的発展のために、EU加盟を目指し躍起になっている姿。この国は、アジアではなく、ヨーロッパを見ている。それがこの国の生きてゆく道と信じて。

そして僕がその果てに見つけたものは、限りない日常。僕はまたこの場所で生きてゆく。そしてまたいつか旅に出たい、そう思いました。
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トルコ旅行記9〜深夜特急'09 [├ 旅行]

8月28日(金)

遂にこのトルコ旅行も最終日を迎えました。この数日間のバスの移動距離では、深夜特急にも負けないくらい走りました。東へ西へ。そして再び、イスタンブールへと戻ってきたのです。

   ◇

イスタンブールは、ボスポラス海峡を挟んで、ヨーロッパ側とアジア側に分かれます。そしてさらにヨーロッパ側は、金角湾で新市街と旧市街とに分かれています。ボスポラス海峡には、ボスポラス大橋とメフメット大橋という2つの吊り橋が、金角湾にはガラタ橋という橋が架かっており、それぞれを結んでいます。

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ボスポラスクルーズは、マルマラ海の港から、ボスポラス海峡を北上しボスポラス大橋の下をくぐり、フォーシーズンズや迎賓館を岸辺に眺めました。徐々に海峡が狭くなっていく様子に、この地の戦略的重要性を感じました。

1時間程で、ガラタ橋近くのヨーロッパ側旧市街の港へと戻ってきました。そして向かうのは、スルタン・アフメット広場。6本の尖塔(ミナーレ)がそびえる、ブルーモスク。ミナーレの数でその寺院の力を表していますが、6本ものミナーレを誇っているのは世界的にも珍しく、イスラム教の聖地メッカのカアバ神殿と同じ数です。大ドームは直径が27.5mで、ステンドグラスの窓が260あると言います。とにかく、今まで見てきたモスクとは、桁が違いました。

トプカプ宮殿はオスマン朝の支配者の居城として、400年以上もの間栄華を誇り、そこに残された至宝の数は膨大です。なかでも「スプーン屋のダイヤモンド」は、一際光り輝いており、86カラットもの大きなダイヤを49個のダイヤで取り囲んだ、ため息の出るような輝きでした。テラスからはボスポラス海峡が一望できました。

アヤソフィア博物館はかつてはギリシア正教の大本山として君臨しながら、後にイスラム寺院に姿を変えました。今では内部にはキリストのモザイク画と、アッラーと書かれた円盤が供在していますが、イスラム寺院に改修された時、漆喰で塗りつぶされ、20世紀になるまで長い間日の目を見ることはありませんでした。また、聖母マリアの手形とも言われる柱があり、くぼみに親指を入れて後の4本の指を柱から離すことなくぐるりと円を描けたら、願いが叶うと言われているそうで、もちろんやりました。願いを、込めて。

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1時間程の自由時間は、もう、動く気力がなく、公園内の芝生に寝転んで、この1週間の旅を振り返っていました。そして、15:30アタテュルク国際空港へと向けて出発しました。空港に着いてチェックインをすると、エアメールを出したり、免税店で買い物したり、そして、出国審査を受けてゲートに向かいます。

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19:25エアバス330-200に乗り込むと、僕のトルコ旅行もいよいよエンディングです。EK122便が飛び立ち、トルコの街が見えなくなっていくと、何とも言えない寂しさが押し上げてきました。しかし、4時間後にはドバイに着陸し、トラスファー。3時10分の離陸に向けて、出発ゲート前で待機。この時、イスタンブールの免税店で買ったワインセキュリティで没収された人がいて、ずいぶん交渉していましたが「これが国際ルールだ!」の一点張りで没収は逃れられず。5千円のワインがセキュリティに没収。

それ以外は順調にトランスファーできて、EK316便がドバイ国際空港を飛び立ったのは、3時30分ぐらいだったでしょうか?軽食をとった後まもなくして眠りに落ちました。

目を開けると中国上空を飛んでおり、最後の機内食を食べて着陸に備えます。食べ終えると、後は着陸準備に入るだけ、ひとつひとつ片付けていくとやがて、僕のトルコ旅行8日間も、幕を閉じていきました。
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トルコ旅行記8〜イスタンブールへ [├ 旅行]

8月27日(木)

アンカラからイスタンブールの列車が事故で26人が死傷。そのことを知ったのは、次の日のトルコの新聞を見たときでした。トルコ語なんて当然読めないけれども、写真と見出しだけで、そうらしいことは分かりました。

イスタンブールのホテルに着いたのは、23時を過ぎていました。ずいぶん遅いチェックインでしたが、しかし今日到着予定のお客さんでまだ来ていない人がいる、そうゆうことをホテルのマネージャーが言っていました。

アンカラ発の列車でイスタンブールへ向かうプランもあって、そうであったら少なからず影響を受けていたことを思うと、なんだか複雑な気持ちでした。

   ◇

アンカラを出発したのは朝早く午前7時、ハイウェイをひた走ります。2時間ごとにサービスエリアで休憩を取りながら、イスタンブールへ着いたのが12時半頃でした。トルコでもETCが導入されていて、KGSといいます。ゲートをくぐるとやがて前方に吊り橋のケーブルが見えてきました。アジアとヨーロッパをつなぐボスポラス大橋です。

初日にヨーロッパ側からアジア側へフェリーで渡り、アジア側を2000kmひた走り、こうしてまた、ヨーロッパ側に無事に戻って来れたことに、少しほっとしました。市内に入り、レンストランで昼食。定番中の定番レンズ豆のスープに、野菜の煮込み。

それから、軍事博物館を訪れました。世界有数の規模の軍事博物館で、入り口では空港と同じ持ち物検査とボディチェックがあり、中は現役軍人に案内されながらの見学になります。600年以上も続いたオスマン帝国の時代の品々が、
22の部屋に展示されています。中には、徳川幕府の家紋が入った日本刀などもありました。

そして向かったのはタイルのモスクモスク全面にタイルが張り巡らされており、本当に美しい。中はドームから差し込む光がタイルのブルーを反射し、さわやかな空間でした。出る時に、小さなコーランをお土産としてもらえました。

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グランドバザールは、中東最大ともいわれる、大規模な市場。市場と言っても、食べ物の市場ではなく、貴金属やお土産物が無数に並んでいるところです。小さな路地を入り込むと、地図を見ていてもどこにいるのか分からなくなるくらい巨大な市場です。

ゆっくり歩いていると日本語で次々と声をかけ呼び込まれます。アクセサリーや絵皿、アンティーク調のランプ、カシミヤのストール、色とりどりで、見ているだけで楽しくなる。その中で僕が惹かれたのは、七色のグラデーションが美しいシルクの首巻き。価格交渉開始。1枚2000円と言ってきた。いや、1枚1000円で!というと、それは無理だ、じゃあ、1500円でどうだ!と。いやいや、じゃぁ、2枚買ったらもっと安くなるか?2枚で2000円!分かったよ、それでいい、と。結局1枚あたり1000円で手に入り、満足。

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そして、お菓子屋さんにはると、トルコ(風)アイスのもとを発見!アイスのパウダーで、これに牛乳を入れてかき混ぜて冷蔵庫に入れると、トルコ(風)アイスが出来るというもの!これも大量購入で2個おまけをつけてもらった。まだまだ、見て回りたかったですが、19時に近づくと徐々にお店は閉まりだします。夕食へ向かいました。

夕食は市内のレストランにて、ベリーダンスショーを見ながら。ビール10TLはちょっと高かったな。
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